一夜明けて。

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放射能漏れの危機的な増加がなかったので、心配していた放射能雨も、多分、大丈夫だったようです(見えないから、分からないけど)。

今朝は、一番に老人ホームに水を届けてきました。静かな街。入荷の当てのないガソリンスタンド周りの渋滞を避けて、快走できました。軽トラの燃料が、いよいよ心細くなったし、渋滞の心配が無くなったので、2tトラックに乗り換えました。もう少しは、走れそうです。

二番目の水配りは、友達の病院へ。消防や自衛隊などの給水が来てくれているようでしたが、必要量が多いので、間に合わないとのこと。朝の老人ホームは、給水車も来ないとのこと(要請はしたけど)。どちらも、給水所に行けない100人単位の人がいて、水が必要。

今は、燃料・食料などの点で、ボランティアを受け入れられる状況ではない、と判断して、個人プレーしています。井戸水があって、水タンクがあって、トラックがあって、仕事が無くて???よって、水配り。皆さんとても有難がってくれるので、間違いではないでしょう。今日は、1,000リットル届けられたので、ご褒美に久々のビールを飲みました(缶ビールの差し入れがあったので)。

今の状況。水・燃料・食料が無い。先に避難してもいいはずの人とそれを守る人は、最後のセーフティーネットを待つしかない(その前にも、問題があるが)。地震被害だけなら、もっと早く復旧し、より困難な地域への支援基地になれる地理的位置にあるのに。。。

復興したこの地で暮らすから、明日も、多分、水を運びます(今はそれしかできねぇし。でも、ギリギリになったら逃げるよ。自分の誇りと判断で)。

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「楽しい自宅避難所暮らし」通信

作業場に、ポリタン半分ほど残っている灯油の存在を思い出し、昨夜、震災後初の入浴が出来ました。あと1回入れそう。最後の楽しみは、もう少し後に。

郡山のお客さんとも連絡が取れ、お客さんの無事(親類を除いて)と庭の無事を確認できました。我が家の親類のうち、連絡が取れなかった永崎のおばさんも、津波に追いかけられながら、無事に逃げおおせたという体験談を聞くことが出来ました。

「ここに残る」と言っていた子供たちを、女房と一緒に強制避難させようとも思いましたが、色々な状況を考えて控えていました。今となっては、現時点ではここが一番。別の見方をすれば、逃がせ損ねたのですが。。。後は、結果論。今できることは、前を向いて、状況を楽しむこと。
乗り越えられる困難が与えられる、と言う言葉を信じましょう。

今、自宅待機に退屈した子供たちの、トランプに興じる声が聞こえてきます。一人でも多くの子供たちの、心からの笑顔が戻る日を楽しみに。

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このページは、toshiが2011年3月16日 19:21に書いたブログ記事です。

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