2006年3月アーカイブ

現地見学会

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 去年の6月、長女の運動会が終わってから、家族みんなで行って見ました。10区画程度の小さな宅地で、不動産屋さんの旗が無ければ入り口がわからないような場所でしたが、なんとか辿り着いた家は、小さな平屋の一戸建てでした。
 格安な理由は、郊外で地価が低く開発も小規模だったことと、築9年で建物の評価額が落ちていたことと建築面積自体が狭かったことにあるようです。でも、以前の持ち主がセカンドハウスに使っていた家なので傷みはないし、立地環境も良くて、東側に見下ろす眺めは心地よいものでした。それに井戸水も使えるようになっていたし。
 難点は、進入路が狭いことと、間取りが少ないことくらいです。あとは考え方で...道路は通行できるし、今後整備されることはあっても悪くなることは無いだろう。敷地に少し余裕があるので、少ない間取りは増築すれば解決する。問題ないよね。あっ、資金が無い。

きっかけ

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 そんなわけで、1・2年前から、不動産屋さんのチラシを漠然と眺めていました。
 中古物件でいいから、郊外の一戸建て(できれば平屋)で、学校から遠くなくて、周りに自然が残っていて、冬の空っ風を受けない南東に開いた緩傾斜地で、庭を愉しむ土地があって、きれいな井戸水が使えたりなんかしたらサイコー。...なんて、あるわけないか。
 と思っていたら、あったんです。ある朝、新聞のチラシを眺めていたら、そんな物件の現地見学会の折込が入っていたのです。

これまで 5

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 囲炉裏の自在鍵を吊るすために渡した竹が、いつの間にか、いい飴色になりました。本当にいつの間にかの6年間だったけど、時が経ったのは間違いないようです。引っ越してきたときの3人家族が、5人と1匹になってるし。
 とっても大好きな家と庭だけど、家もまたあちこちとメンテナンスが必要な時期になってきました。でもこれ以上の手間やお金をかけても、借りている以上、完全に自分の自由になるわけではないのです。それに学区の外れにポツンとある家なので、子供たちの送り迎えもかなり大変だし。そろそろかなぁ...
 薪ストーブと薪風呂と囲炉裏と。本物の火のやわらかい暖かさを知ってしまったので、そういう暮らしと別れるのは、未練があるんだけど。

これまで 4

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 とりあえず引越しは済ませたものの、荒れ果てた庭にはほとんど手をつけていませんでした。ゆうに300坪は超える敷地なので、大変でしたが、6年経つと結構変わるものです。
 伐採・剪定はもちろん、庭木を移動して家庭菜園を拓いて、子供たちが遊べるように芝地を作って、池を設けて、水路に丸木橋を架けて、垣根を作って、竹林の竹を間引いて...
 フキノトウやタラノ芽摘み、タケノコ掘り、芝生でのピクニックやキャンプ遊び、梅干作り、野菜の収穫や芋掘り、子供たちの秘密基地...楽じゃなかったけど、楽しかったなぁ、本当に。

これまで 3

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 転居を決めてからの半年間は、週末になると1歳になるかならないかの長女を実家に預けて、せっせとリフォームのために通い続けました。
 置いてあった家具・畳などの処分、フローリング張り、浴室作り、渡り廊下作り、屋根のトタン張り、土台のジャッキアップ・補強、障子枠のアク抜き・張替え、建具の調整、柱の塗装、壁塗り、排水管の設置、等など。今振り返っても、我ながら良くやったと思いますよ、本当に。若かったなぁ、30代。
 というわけで、とりあえず何とか住める状態にして引っ越したのが、ちょうど6年前。2000年の春3月のことでした。
 そうそう、趣味の渓流釣りで釣ってきたヤマメをおいしく食べるために、囲炉裏も作ったのであります。
fire.jpg

これまで 2

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 地元に戻って来た時は、とりあえず実家に転がり込んで、住まい探しをしてはみました。「田舎暮らし」のテレビ番組に出るような、古い農家を改造して住みたかったのだけど、結局、そういう物件にはめぐり合えず、賃貸住宅に入ったのです。
 そこに住んで1年半ほど経った頃、とあるところから「郊外に空き家がある」という情報。行ってみると...「空き家」???客観的にいうと「廃墟」だよねぇ、って感じの5年前から放置されていた築50年の家でした。床は腐って落ちてるし、所々に雨漏りの形跡はあるし、トイレ(便所)は一度外に出ないと行けないし、庭はぼうぼうに荒れ果ててるし...10人中9人は住むことを断念するような家でした。でも、私は、残りの1人だったのです。少しきれいになったこの家と庭に暮らす自分たちの姿が、不思議とイメージできてしまったのです。ちょっと古い言葉ですが、デジャプーを見ているかのように。「よしっ、ここで暮らそう。」

これまで 1

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 13年間離れていた地元に戻ってきたのが、たしか33歳の時。学校で地盤災害の勉強をしていたので、就職して地盤の調査・解析の仕事をしていました。 31歳で結婚して、32歳で会社を辞めて、地元に戻るまでの半年間は、車にテント一式を積んで妻と二人で日本中を回っていたのであります。
 地元に帰ってハローワークで見つけた仕事が造園業。それまでは全く考えもしなかった業種だったけど、やってみると奥が深くて面白い。前の仕事も面白かったけど、もしかしたらこっちが天職だったのかもしれない・・・ということで、37歳にして独立。

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