カタチと機能
家庭の文字通り、家と庭には住まい手がいるのですから、洋風の家に和風庭園の様式、またその逆の組合せも普通はないと思います。家も庭も、住まい手のライフ・スタイルや価値観と矛盾しないカタチがあると思います。一時、目新しいものに惹かれても、すぐに飽きてしまうこともあります。たとえ派手さは無くても、それぞれにあったカタチは、炭火のようにゆったりと、それぞれの暮らしを暖めてくれるのではないかと思います。
ただし、個人住宅の庭は、眺めるだけの空間ではなく、生活の場でもあります。庭の中や部屋でくつろいでいる時に、通行人の視線が気にならないようにしたり、必要な駐車台数を確保したり、使いやすい物干し場が必要だったり...こういう機能が備わっていないと、使い勝手が悪くなってしまいます。毎日過ごす空間が使いにくいと、愛着も湧かないし、ストレスにさえなってしまいます。でも、機能性だけでは心が満たされません。雰囲気・カタチも良くないと。
茶人・千利休は、茶庭の飛石は「渡り六分に景気四分」としたそうです。古田織部だったか小堀遠州だったかは、「渡り四分の景気六分」。「渡り」とは歩きやすさ、「景気」とは景色・見た目・雰囲気のこと。どちらに重きを置いたかに個性が現れたようですが、そのくらいにどちらも大切なことであるのは、間違いないでしょう。
例えば、駐車場を確保すると庭を作りこむ余地が残っていないような敷地条件でも、車から玄関までの「渡り」だけでなく、「景気」も作り出せたら、そこも素敵な庭。だと思います。